2025/9/14

予定より弐時間くらい早く出発した。傘を持っていった。駅に着いて周囲を見渡してみたら、傘を持つ人の姿を、他に見かけなかった。下調べの不足を悔いた。常磐ライン、先頭車両のボックス席、のりかえ駅が少ない路線で向かうことに決めた。東京駅に到着、それから丸の内サブウェイライン四谷駅で降車する。Googlemapをひらく。目的地まで徒歩で弐十分という表示に絶望した。改めて調べなおしてみたら、降りるべきだったのは、四谷三丁目駅だった。改札口を再び越える気にはなれなかった。新宿通りを進み、ローソン100四谷壱丁目の角を矩の手に曲がり、路地に入っていく。ゆるやかな起伏をノロノロと歩いた。寺社が多い。夜は怖そう、四谷だし、怪談とかあるし、矢場矢羽疾、塩辛い汗を噴出する俺は、いつもの失敗を忘れ去っていた。いや、むしろ忘れ去ろうとしていた、そもそも反省なんて、最初から無かったか。妙に変な予感めいたものを感じていたら、何処かで観た覚えがある景色にでくわした。都会それも東京の下町に埋め込まれた急斜の階段、ゆかり色の幟に赤い手すり、須賀神社男坂、あの「君の名は。」で有名になったスポットだった。

 

映画を観たことがなかったけれど、テンションが上がったから、写真を撮ってXにポストした。スマホがメチャクチャ熱かった。アートコンプレックスセンター到着、レンガ造りで小さなお城みたいな建物、とても美味しそうなカレーの匂いがした。弐階がギャラリー、なるほどね、生意気に呟きながら、スペースをウロウロとした。「おひめさま展」の感想は別途で書いたので、そちらを読んでみてください。キュレーターであり、絵画「接吻」を展示していた大槻香奈さんから色々と話を聞くことが出来た。とてもありがたかった。会場を出て、信濃町駅へ向かう。同じ距離を歩く気にはなれなかった。ちなみに四谷三丁目駅が近いことを知ったのは、日記を書いている、そう、まさに今だった。ピーチミルクケーキ¥580とアイスコーヒーショートサイズ¥380をいただいた。美味だった。帰路につく。総武ライン、山の手ライン、常磐ライン、どの車両も座席が埋まる程度に、人が入っていた。参連休だったことを思い出した。東京2025世界陸上の影響で観光客が更に増していると会社で聴いた。同僚たちは翌日の休刊日を楽しみにしていた。

 

感想「おひめさま展2025」

2025年9月9日から9月14日のあいだに開催された、大槻香奈キュレーションによる「おひめさま展」は、こんな問いから生まれたという。

 

“いま、未来の見え辛くなった世界に生きる私達にとって必要なものは何なのか?それは「この現実」と向き合うだけでは圧倒的に足りない、「夢の世界」について語ることではないのか?”

www.gallerycomplex.com

 

如何にもおっしゃる通りである。

「おひめさま」はフィクションにおいて頻繁に登場する存在だ。西洋の童話のヒロインの多くは「おひめさま」だった。浦島太郎に登場した乙姫様はちょっと怖い。現代のコンテンツ、例えばディズニーの映像作品は数多くのおひめさまが活躍する。そういえば、セーラームーンの前世って、実はおひめさまだった。

 

唐突に「おひめさま展」とは遠い話を始めてしまうが、社会状況にちょっと触れてみたい。2025年9月15日つまり「おひめさま展」の翌日は「敬老の日」だったわけだが、なんとも世知辛いデータが総務省統計局から公表されていた。日本における65歳を超える高齢者は3619万人、総人口の中で29.4%の割合で、統計をとっている他の国と比較して最高値である。長寿はめでたい。しかし、65歳以上の就業者の人員が21年連続で上昇していると聴くと不安で背筋が凍ってしまう。

「この現実」において、余裕があるスペースは、減少する一方だ。効率化をはたじるしにした資源の一局集中、コストは徹底的に省いていき、得られるものをひたすらに追及する。はたして「夢の世界」は語りうるか。

 

その身をドレスで着飾った、異なるおひめさまの全体像の絵画が四点、それが北浦朋恵による展示作だった。ドレスの複雑な模様、やさしい色彩、はんなりした印象のおひめさまは懐かしみを覚える姿だった。薬指ささく「火種」は大スケールなおひめさまだった。抽象的に描かれた草木、うすぎぬの女性が枝先に抱かれて寝そべっている。まるで神話の一幕のように見えた。ステートメントを読み損ねたことが悔やまれる。馴染み深い風景を見せくれた作品は、エース明によるものだった。ゼロ年代の少女マンガを彷彿するキャラクターとその時代を彩った日常用品、まだ自分が若かった頃を思い出すが、差し込まれる淡い色が今っぽいと思った。

 

「おひめさま」のことについて考えてみる。そのために「女王様」と比較してみようと思った。「おひめさま」は偉いに違いないが、流石に「女王様」には負ける気がする。差異を感じる理由は強度によるものだろうか。あくどいミームで恐縮だが「オタサーの姫」というものがある。特定の集団の中で男性に取り巻かれる女性を指す。やりたいことが出来ないから、男性多数の場所の中に所属する。そうしたら外の人物から勝手に「オタサーの姫」とみなされてしまう。時に言葉は暴力的に意味を当てはめる。少なくとも「オタサーの姫」は、ただチヤホヤされるばかりの存在ではない。だから、きっと「おひめさま」も偉いだけではないのだろう。じゃあ、どういうことだろう?

 

AYAKOONOの作品はどれも浮遊感を味わえるものだった。円型のキャンバスに描かれた青と白、もしかして虚空ってこういうものでは、そう思わせる空間に何気なく溶け込んでいる少女、フラグメントの組み合わせも面白かった。ギャラリーの奥の壁を埋め尽くさんばかりだった、かのうあすかの展示は存在感が圧倒的だった。絵画だけじゃなくて立体物もあった。厚みがある塗り、重みすら感じる構成、やはり「かわらない顔」が印象的だった。現場で観た役得だが、珠かな子による写真展示は、光陰のコントラストを面白いと思った。さびれた日常そのものといった背景を、おひめさまになった被写体が、作品を浮世から逃れさせる夢想へとかえていた。手を伸ばしただけで、フッと消えてしまいそうな、なまめかしさだった。実は大槻香奈「接吻」にも同様の印象を抱いていた。おびただしい情報量、それにもかかわらず、とても軽やかに見える。構図によるものか。隔たった両手のあいだを見つめるおひめさまと、その存在を守るべく、おひめさまを背後から抱き込み口づけるメイドちゃん、舞い踊っている黄色いちょうちょの群れ……物語が立ち現れてきそうな一枚だった。

 

「偉い」というだけではない、一体「おひめさま」とはどういうことなのか。

その点を思考をすべく、「おひめさま展」が生まれた、最初の問いに立ち返ってみる。

 

“いま、未来の見え辛くなった世界に生きる私達にとって必要なものは何なのか?それは「この現実」と向き合うだけでは圧倒的に足りない、「夢の世界」について語ることではないのか?”

 

「おひめさま」は物語で頻繁に登場するが、その存在が現実の上でも用いられる言葉である。それは「この現実」だけを生きる人達にとって体感的には絵空事に過ぎないということだろう。しかし、(あえてこの言葉を使うが)絵空事すなわちアートは「この現実」と「夢の世界」を結びつける可能性を持っている。

この「おひめさま展」は「おひめさま」という存在を十二分に深掘りさせてくれた。そして「おひめさま」を深掘りすることは、結局のところ「夢の世界」について語ることそのものだった。

きっと、ウカウカすると消えてしまう程に、軽やかな過ぎない存在なのだろう。

けれど、世知辛い「この現実」に「おひめさま」は「夢の世界」をもたらした。

凄いじゃないか!

美術作家 大槻香奈 作品展「遠い夢を泳ぐ」の感想

去る8月11日、2025年の山の日、ギャラリーで絵画の作品展を観た。というわけで、ちょっと間が空いたが、感想文を書いてみた。

「遠いゆめを泳ぐ」

美術作家の大槻香奈による個展だった。全ての展示物が新作だった。大槻は「少女」をテーマにした絵画を中心に制作を行い、幅広い分野で活動を行う作家である。大槻の存在を知ったきっかけは動画プラットフォーム「シラス」のチャンネルであり、東浩紀による小説「クリュセの魚」のカバーイラストに見覚えがあったような気がした。

 

当日は行ったり来たりする通り雨にやきもきする天候だった。ギャラリーは東京神田神保町、自宅からおよそ数十キロという距離、ちなみにわたしはアートに親しみ深い人間ではなくて、よく考えてみたら美術作家の個展を観る経験それ自体が初めてだった。そんな奴が一体どうして作品展を観る気になったかといえば、たまたまXで見かけた「遠いゆめを泳ぐ」に関するポストに惹かれたからだった。要するに、ノリだけで現地に行ったということで、差し支えないだろう。

shirasu.io

 

note.com

 

申し訳ないが、動画のほうも概要をチェックする程度のていたらくだったので、後から情報を集めて、こういうところを注目すれば良かったのか、と学習した。油彩と線画でこうも違うんだなぁ。

 

ギャラリーに着いて、作品がわざとらしくない感じで展示されたスペースを、不審な挙動でウロついていたら、磁石ではりつけられたように足が長く留まった。

 

「みんなはらのなか」

 

鮮やかながら決して重たくない色彩、おびただしい情報量、骨が浮き出た魚、ざっくりしたレタリング、良くわからないけれど、なんかわかった、というやつだったと思う。

 

90年代に活躍したバンド「JUDY AND MARY」に「ランチ イン サバンナ」という楽曲があって、帰り道、ムワッっとする地下鉄のホームで、わたしはそれを思い返した。

作品展を観に行った動機、それはXでポストを見たからだったわけだが、わたしはそこに「JUDY AND MARY」の存在を勝手に見出してしまっていた。

JUDY AND MARY」というバンドのネーミングは、快活でポジティヴな女のコ“ジュディ”とすこしひねくれ者のネガティヴな女のコ“マリー”という女の子の二面性を表している。(https://ja.wikipedia.org/wiki/JUDY_AND_MARY)

 

走る雲の影を飛び越えるわ/夏のにおい追いかけて/あぁ、夢はいつまでも覚めない/歌う風のように

(OverDrive)

 

見上げるほど高い向日葵はみんなの匂いがした

(ドキドキ)

 

夢が見た?/魚に夢で会った

(ラッキープール)

 

さよならは言わないでね/願いはひとつだけ/夏を待ってる

(ひとつだけ)

 

JUDY AND MARY」のシングル曲からフレーズを引用してみた。少女が夏に恋をする。そんなモチーフの背景には日本の歌謡曲がうっすらとそびえている。

念のために断っておくが、作品展「遠いゆめを泳ぐ」とバンド「JUDY AND MARY」のあいだに関係性はない。「JUDY AND MARY」がどうの、歌謡曲がどうの、それらもわたしが勝手に思い込んだだけの話である。

 

さて少し歴史を遡ろう。1970年代にオーディション番組の「スター誕生」からデビューしたアイドル「山口百恵」は最初のシングル曲「としごろ」のセールスがスタッフの期待よりもふるわなかった。方針をかえた2枚目のシングル「青い果実」は、聴く者に性を意識させる歌詞を、十代だった山口に歌わせるという内容だった。いわば「青い性」というイメージ戦力、わたしは専門家ではないから詳細はわからないが、同時代の他のアイドルの印象と一線を画し、後にリリースした「ひと夏の経験」ではPTAから抗議が殺到したというが、良くも悪くも山口百恵の存在はそれで注目を集めた。

 

1980年3月、山口は俳優の三浦友和との婚約と同時に、半年後に定めた引退を公表する。山口と三浦は複数の映像作品で共演しているが、三島由紀夫の小説「潮騒」を原作にした1975年の映画のワンシーンは、NHKによる2013年の連続テレビ小説あまちゃん」のなかで歴然とパロディされていた。

 

若者は彼をとりまくこの豊饒な自然と、彼自身との無上の調和を感じた。(中略)新治は日々の生活に、別に音楽を必要としなかったが、自然がそのまま音楽を充たしていたからに違いない。

(潮騒)

 

小説「潮騒」第6章からの引用である。音楽に関する記述が長くなり過ぎた。「遠いゆめを泳ぐ」の方面へと路線を修正しよう。

 

「少女」

仮に不可逆性の象徴が「少女」である、といってみる。少女が大人になる。人間における自然のプロセス、成長を経て属性がかわる。成長の条件はそれぞれだが、大人とみなされた人間が少女ではないとするならば、大人と少女は同じ身体に共存しない存在だから「大人」と「少女」という属性は矛盾した関係である。

 

夏に恋をして、ちょっとしたことでクヨクヨしつつも、ポジティブに生きている。

あるいは

扇情的に世間を挑発して、用意された虚構に戸惑いつつも、したたかに演じている。

 

「少女」は子供のまま止まりならぬ、大人になったら戻れないと知っている。

どちらかの属性ではおさまりきらない存在だから「少女」は不可逆的たりえないか。

わたしは「少女」だったことが無いので、本当のところは良くわからない

 

ギャラリーの奥の壁に飾ってあった絵画「少女」を観て、その表情が気になった。

大人になることが嫌なのか、子供であることが不満なのか、とにかく何かに怒っているのか、いやいや、そういう言葉でくくられることすら拒絶しているようにも見える。

「少女」はコンプリケイション、沈黙しながらも何かをものがたっている。

他人の顔をマジマジと眺めて、その意味を考えるなんて、そうそうに有り得ない。これはあくまで絵画「少女」を媒介にした妄想である。

 

「夏とか、恋とか、惹かれるぅ」

そだねー!」

「一体これって何なのか、知りたーい!」

「何を言っているのか、良くわかんなーい!」

 

疑問があることはわかるが、口の中に手をに突っ込むことに、ためらいがあった。

とても小さなことだったけれど、解答に近づいたと思う。

きっかけは「遠いゆめを泳ぐ」に行ったからだから、感謝したい。

コレは珍しい体験である。そう思ったので書いてみた。

アートを観ることに成熟なんてあるか知らんけれど、作品を前にして流れる時間が得難いと思っていたら、こんな展覧会がある。

 

 

うーん、凄い制作ペースだ!。

会期、あと、2日だ!!