随想「大槻香奈キュレーション《夢じかけのクリスマス展!*2025*》」
平和の空は何色 明日かもずっと未来かも
まわるまわる ゆれるゆれる
すべるすべる
色とりどりでバッチリ
「サラウンド/UNICORN」
会場を離れて電車に乗り、真っ先に思いついた曲がこれだった。2009年、UNICORNが復活した直後にリリースしたアルバム「シャンブル」に収録されている。堺雅人が主演の映画「南極料理人」のエンディングテーマだった。
《夢じかけのクリスマス展!*2025*》
美術作家の大槻香奈のキュレーションによって、都内某所の秘密基地「ゆめしか家」で催された、複数の作家によるアート作品の展示会である。参加した作家を列記すると、Ayako Ono、かのうあすか、北浦朋恵、木ノ戸久仁子、きりさき、珠かな子、藤川さき、そして主催者の大槻香奈を含んだ8名である。
当文章は随想である。展示会を観覧したことで受けた思索をまとめたものなので、偏った内容になっていることを、あらかじめに断っておきたい。
何の変哲もないホワイトの内壁に複数の美術作家による様々な作品が、ジャンルレスに飾り付けられている。会場の様子を簡潔に言ってしまえば「素敵なものに囲まれたアパートの一室」ただそれだけに尽きる。元々は生活を目的にしたスペースだから、アートと家具が隣り合っている。キャプションがあるから、誰のどの作品なのかということはわかる。ちゃんと自分で見て回らないと、そもそも誰のどの作品が何処にあるのか、瞬時に把握することは難しい。一見では雑然としている有様、ただ無造作な設置とは異なった、然り気ない配慮がほどこされている。住み慣れた我が家の如き居心地と、非日常的なものが共存する、そういう場所だった。
Ayako Ono「Untitled」(2025)
最も長い時間をかけて眺めていた作品だった。黒い背景、螺旋状に配置された青白い魚群、そのオブジェクトの渦中に能面の3頭身少女が存立している。キャンバスに向かい合うと、それはスパイラルな魚群の腹を仰視するアングルにて描かれている。視線が少女を通り越して、浮世から遊離する感覚を覚える。エントランスとダイニングを接続する狭い廊下に備えられた椅子に腰かけているあいだに起きたことだった。
松田行正「デザインって何だろ?」(紀伊国屋書店)から参照すると「青」は天をあらわす色として、キリスト教で重視されたという。古代ローマ時代は不安を起こさせる色、まさにブルーすなわち憂鬱だったが、時代が下り中世になり、カール大帝によるルネサンスが起きて、聖職者達が「色と光が同じなら、色が必然的に聖性を帯びるやろ、神は言ったで、光あれや、そうやろ、ちゃうんけ!」という趣の論争を何世紀も繰り返し、その結果なんと「青」は金色とともに天をあらわす光の色に決まったとのことである。
色について語ることは難しい。各色に取り扱われた文明ごとに異なる経緯があって、素人はいちいち覚えていられないから途方に暮れてしまう。
視神経に受けた刺激が脳の中枢に伝えられることで生じる感覚、それを色とするならば物体に反射した光の波長が、その根源といっていいだろう。しかし、自然光は不安定だし、照明具は一定かもしれないけれど、そもそも光を捉える人間の視界が、個体差によってばらつくもののはずだ。
色は名前をつけられることで記号になった。傷から溢れる液体は赤いと恒常的に識別することが可能になった。
けれど、アートにおける「色」は、なんとも言いあらわし難い。
ゴッホはキャンバスが盛り上がって見えるほどに絵の具を厚く塗った。その行いは「ゴッホの執念」をあらわらす象徴であり、きっと作家が固有性を作品に付与する必然だった。
多分そういう必然は作家によって大きく違う。一本の輪郭線を表出するために、何度も筆を重ねながら、その痕跡を平面にするように、瞬時には捉えられないかもしれないが、独自に行われる手法もあり得る。固有性は得意満面に披露すれば良いというわけではなくて、そのあらわれ方は各々の作家の表現によって異なる。
大槻香奈による「きらり」と「終わりの始まり」は、プロセスに対する興味が強く湧いた作品だった。
油彩とアクリルの違いとか、着色のにじみとか、そういうところが今は気になっているけれど、具体的にまとめることは次の機会を待ちたい。ちなみに現像とか焼き入れになると、もうわけがわからないので、こちらは将来の楽しみとしてとっておきたい。
営為は専一するだけでは成立しない。経年につれてうつりかわる色合いを観なければ、破滅の闇はアッという間に到来する。営為の条件、平和なものの一つだろう。
ボードアン もちろん、望ましいとみなすが、(ポーランド人とウクライナ人の接近)ではなく、両者の平和的で好意的な共存のみをである。Leben und leben lassen{おたがいの生活を尊重せよ}。自分のことに従事し、たがいの良き意図を邪魔するな。
「民族の平和的共存は可能か ロシア、ポーランド、ウクライナ」
(著/ヤン・ボードアン・クルトネ/編訳/桑野隆/Genron)*鉤括弧を文中より適宜に変更した。
上記のテーゼを採用するならば、それは「素敵なものに囲まれたアパートの一室」であり、自分にとってUNICORNがその象徴だった。
「雪が降る町」とか「ヒゲとボイン」とか、そして「ひまわり」とか。
私小説サンプル001「いなくなったお向いさん」
「いなくなったお向いさん」
2025年12月4日13:15
自宅の向かいが空き地になった。夏が終わった頃だった。少しそのことを振り返りたいと思う。
2025年9月16日10:27
工事は唐突に始まった。僕が布団の中で夢から覚めた時間、パワーショベルが見慣れた建物を容赦なく突き崩していた。僕の仕事は勤務時間が特殊だ。だから、大抵の人にとって、それは眠気から覚醒している頃合だったから、怒髪天を衝く騒音をまき散らしたとしても、問題はなにもないと言って良かった。
お向かいさんは土建屋さんだった。交流は皆無だった。昔は土管が置いてあって、子供の頃に自分の基地に出来ないものかと思っていたし、隠れん坊をして遊んだことも一度や二度じゃなかったはずだ。土管はかたちが立方体で色は白、スベスベしていたような、ザラザラしているような、そういう感じだった。いわゆる「ドラえもん」の空き地に放置にされているやつじゃなくて残念だった。興味が湧いたので調べてみたら「土管」とは粘土製のものを指し、他にもいろいろとある。回転させた鉄筋の骨組みにコンクリートを流し込む「遠心製法」と呼ばれる作り方をされるものが「ヒューム管」で「塩ビ管」なんていうものもある。まぁ別に土管と呼んでいいだろう。
1991年9月14日18:05
確か食事を祖父母と別のテーブルでするようなった頃のことだったと思う。
2F、北向きの壁に面した手狭な台所で、母にこう言われた。
「あんなところで遊んじゃダメ」
あんなところとはお向いの土建屋さんの資材置場だ。そりゃ遊んじゃダメと言われて当然だろう。不法侵入だからだ。今ならば素直に納得する話だが、当時の僕は言われていることがサッパリとわからなかった。理由なんか全く説明しないで、声高に遊んじゃダメと言われても、なんで、どうして、ビエン、であった。
「あなたはあんなところで遊んではダメとおっしゃっていますが、自宅に面した路上では通行する車と衝突する危険性が常に伴います、転倒した場合、アスファルトと露地すなわち変哲ない地面ならば後者のほうが軽傷であると思われます、また駐車する車両などにボールをぶつけてしまいますと、物的損害になる可能性もあの空き地ではほとんどない、ゴム製のボールくらいでは傷一つつきませんよ、なんてったって、土管はコンクリート製ですからね!」
言うまでもないけれど、勢い良くまくし立てて反論する能力なんて、当時の僕が持ち得るはずがない。不法侵入という言葉も知らなかった。だから、不満を態度で表明していた。飼料を減らされた動物園のキリンの如くグズッていた。さぞ憎たらしかっただろう。ちなみに僕は6歳の時点で体重が40キログラムを越えて次の大台が目前に迫り、ウェイトを比較したら母とほとんど差はなかった。
2025年12月4日14:03
子供の頃の僕は向かいの土建屋さんの資材置場で遊んでいた。母親に怒られても逆らうくらいだったから、相当に気に入っていたんだろう。けれど、不思議なことに、土建屋さんの要員と顔を合わせたことが、幼い頃の僕には一度もない。
キャッチボールしたい。広い場所に移る。スポーツクラブに所属する。ちっとも続かない。ゲームにはまる。そして、友達が居なくなる。そんな少年時代を過ごしたけれど、約10年に及ぶあいだ、僕は向かいの土建屋さんに属する誰かと接触した経験が一度としてない。これは普通の関係だろうか。他の家族はどうだったのか、良くわからない。
ある日、お向かいの土建屋さんは、敷地の一部を他人に売り払って、ダウンサイジングしていた。僕が幼い頃に好きだった資材置場は、いつの間にか、その姿をなくしてしまっていた。
こういう風に書いていると、まさか大人になった今でさえ、お向かいさんと一度も顔を合わせていない。そういう気さえしてくる。しかし、流石にそれはなかった。僕が免許を取得した後の出来事だから成人になったくらいか。
2006年1月17日14:33
きっかけは全く覚えていない。イベントの概要だけが明確に頭にあり続けている。
「すいません、ちょっと一日だけ車を置かせて下さい」
「いいですよー」
そういうやりとりがあった。
カジュアルなワンピースを着た事務員さんが応対してくれたと思う。
彫りの深い顔だった。鼻筋がくっきりしていて、気が強そうだった。
とても優しい眼つきをしていた。切れ長、大きい瞳、顔のサイズがスリムゆえに相対的にまなざしの存在感が強くて、見つめ合うと素直におしゃべり出来ない(サザンオールスターズ:TSUNAMI)だった。
彼女は笑顔が凄くまぶしかった。えくぼが出来て、くしゃりとして、なんかみんながあからんだ。
1985年に万博があったつくばが出身、近所にあったインターナショナルスクールに、中高一貫で通っていたらしい。世界平和が好きだった。アメリカに留学する。そして国際親善大使になるつもりだった。しかし、湾岸戦争をきっかけにした現地の治安悪化を理由に留学する計画は頓挫した。本当のところ彼女の両親は、娘の夢より家計が優先だった。その後は糸が切れた軍配凧が春一番に流されるような生活を送ったとのことだった。
「はあはあはあはあ」
「ふなきぃ」
「はあはあはあ」
1998年冬季オリンピック、ラージヒル団体にて137メートルを越えるジャンプをした後、ゴオゥゴオゥと吹雪く原田雅彦から出た台詞を僕がふざけて真似していた頃に、彼女は結婚した。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
「ふなきぃ」
「はあ、はあ、はあ」
今は三人の孫を持つ祖母である。
2025年9月17日9:36
予定より2時間も早く起きた。
お向いさんの解体工事は順調に進んでいた。解体を行う作業員が挨拶に来た。
「何かございましたら、コチラまで連絡して下さい」
対応した家族によると、丁寧に挨拶して行ったとのことだった。簡単な通知書を渡されていた。会社は倒産するわけじゃなくて、どこかに移転すると書いてあった。僕にとって知らない会社の事情なんかよりも大いに悩まされることがあった。受話器をとった。
「何かあるというんだったら大いにございます、とても由々しき問題です、ワタクシは夜更けに人様の住宅のポストへとオールドメディアをポストに突っ込む業務に携わっています、10年後には雲散霧消、土地成金と化す業界ですが権威だけはあります、あなた方がぐーすかとイビキをかいて逆流する胃液で食道をジワジワと痛めつけているタイムゾーンにおいて、ワタクシは街中をうろつき回っています、当然ですが夜は眠ることが出来ない、ですが、ワタクシは体力が無い、小学校のマラソン大会で毎年のブービー賞、隙間時間に眼をつむり体力回復する忍者の如き真似は出来ない、ゆえに朝方から昼間にかけてぐっすと眠りたい、じゃないとおかしくなっちゃう、腰痛悪化に精力減退、北から敵が攻めてくる、あなた方もお金のために仕方なくやっているのでしょう、わかります、しかし、ここではどうしても昼間に睡眠を取らなくてはならない人間が慎ましく暮らしている、だから、どうでしょう、解体工事は22時くらいから始めるわけにはまいりませんか?」
電話は繋がっていなかった。
というわけで、2025年9月後半からお向いさんの解体工事が終わるまでのあいだ、僕はずっと睡眠のリズムが狂っていた。
まぁ暑さのせいで夏中ずっとそんな感じだったから、それは既に常態化していたわけだけど。
2025年9月18日0:15
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはようございます」
つつがなく挨拶を交わす。最初に出社するM氏は施錠を解いて照明のスイッチをONしたら後は倉庫で仮眠をとる。
土埃がこびりついた檜のすのこマットに腰を落ち着けている。肉厚な唇がいつも半開き、白髪がちょろちょろと出始めた。トランクスのウエストの裾がいつもはみ出ている。
「先に行くねー」
「気をつけてねー」
空しくても声をかけ合う。それから野外で作業を一人で行う。
最低気温は25℃を下回った。風は無い。9月は夜空が淡白だ。月も無い。
9月は配達にちょうどいい。そんな台詞を楽し気にする人が居る。この作業は環境なんて関係がない。とにかく完結させる。スタッフに選択権はない。だから、いつも思うのだけど「ちょうどいい」という価値判断は不適切ではないだろうか。どうでもいいが。
2025年9月18日8:13
予定より3時間くらい早く起きた。逸脱が安定したと思ったら更に酷く時間がずれおった。みんながちゃんと仕事に行っている。不意にそう思ってみることもある。フルタイムで働くサラリーマン、目覚まし時計のベルでちゃんと起床、家のことを片づけて外出、いつも通りに混雑した出社経路、じわりじわりとしか進まないあの交差点、なんか日差しが弱くなった、夏が終わろうとしている、コンディションを会社のシステムに共時する。僕は途方に暮れる。二度寝が出来ればとっくにしてらい。僕は仕方がないから、パチスロ「花の慶次」のドラムをにらみつける老人みたいに、スマホのyoutubeにてショート動画を視聴した。
ゴガガガガゴガガガガゴガガガガゴガガガガ
ドドドドドドリュドドドドドドリュドドドドドドリュ
ゲンゲン、ゲンゲン、ゲンゲンゲ、ンゲン
バリバリバリバリバリバリバリバリ
ピョーイピョーイピョーイピョーイ
また始まった。お向いさんの解体工事は、ツクツクボウシが不出来なインダストリアルテクノを、ブラスバンドで演奏しているみたいだった。
パワーショベルがボディをグィンと旋回させてアームを力強く振り動かす。エンジンがただ唸りを上げてキャタピラが荒れた地面を踏み越えてその巨体が躍動する。積載量が4トンのダンプカーの荷台に、瓦礫の山がうずたかく育っていく。野太い声のおっさんが、怒声を飛ばしている。
僕は朝のルーティン、洗面所にて薬用マウスウォッシュを使用する。
ピンポーン
インターホンが来客を告げる。誰だろう、こんな朝早くに。僕は寝間着のままで玄関に向かう。あ、お向いで働いていた事務員さんだ。
「おはようございます、9月18日の午後から激しい雨が降ります、だから、この日は工事を行わなかったですよ」
「ああ、そうですか」
僕はバタリと玄関を閉じる。ここで断っておくけれど、笑顔が素敵な事務員さんなんて、最初から存在しなかった。
低気圧が迫っている。翌朝に出社したら、頭痛を訴える同僚が、何人か居た。
2025/9/14
予定より弐時間くらい早く出発した。傘を持っていった。駅に着いて周囲を見渡してみたら、傘を持つ人の姿を、他に見かけなかった。下調べの不足を悔いた。常磐ライン、先頭車両のボックス席、のりかえ駅が少ない路線で向かうことに決めた。東京駅に到着、それから丸の内サブウェイライン四谷駅で降車する。Googlemapをひらく。目的地まで徒歩で弐十分という表示に絶望した。改めて調べなおしてみたら、降りるべきだったのは、四谷三丁目駅だった。改札口を再び越える気にはなれなかった。新宿通りを進み、ローソン100四谷壱丁目の角を矩の手に曲がり、路地に入っていく。ゆるやかな起伏をノロノロと歩いた。寺社が多い。夜は怖そう、四谷だし、怪談とかあるし、矢場矢羽疾、塩辛い汗を噴出する俺は、いつもの失敗を忘れ去っていた。いや、むしろ忘れ去ろうとしていた、そもそも反省なんて、最初から無かったか。妙に変な予感めいたものを感じていたら、何処かで観た覚えがある景色にでくわした。都会それも東京の下町に埋め込まれた急斜の階段、ゆかり色の幟に赤い手すり、須賀神社男坂、あの「君の名は。」で有名になったスポットだった。
映画を観たことがなかったけれど、テンションが上がったから、写真を撮ってXにポストした。スマホがメチャクチャ熱かった。アートコンプレックスセンター到着、レンガ造りで小さなお城みたいな建物、とても美味しそうなカレーの匂いがした。弐階がギャラリー、なるほどね、生意気に呟きながら、スペースをウロウロとした。「おひめさま展」の感想は別途で書いたので、そちらを読んでみてください。キュレーターであり、絵画「接吻」を展示していた大槻香奈さんから色々と話を聞くことが出来た。とてもありがたかった。会場を出て、信濃町駅へ向かう。同じ距離を歩く気にはなれなかった。ちなみに四谷三丁目駅が近いことを知ったのは、日記を書いている、そう、まさに今だった。ピーチミルクケーキ¥580とアイスコーヒーショートサイズ¥380をいただいた。美味だった。帰路につく。総武ライン、山の手ライン、常磐ライン、どの車両も座席が埋まる程度に、人が入っていた。参連休だったことを思い出した。東京2025世界陸上の影響で観光客が更に増していると会社で聴いた。同僚たちは翌日の休刊日を楽しみにしていた。
感想「おひめさま展2025」
2025年9月9日から9月14日のあいだに開催された、大槻香奈キュレーションによる「おひめさま展」は、こんな問いから生まれたという。
“いま、未来の見え辛くなった世界に生きる私達にとって必要なものは何なのか?それは「この現実」と向き合うだけでは圧倒的に足りない、「夢の世界」について語ることではないのか?”
如何にもおっしゃる通りである。
「おひめさま」はフィクションにおいて頻繁に登場する存在だ。西洋の童話のヒロインの多くは「おひめさま」だった。浦島太郎に登場した乙姫様はちょっと怖い。現代のコンテンツ、例えばディズニーの映像作品は数多くのおひめさまが活躍する。そういえば、セーラームーンの前世って、実はおひめさまだった。
唐突に「おひめさま展」とは遠い話を始めてしまうが、社会状況にちょっと触れてみたい。2025年9月15日つまり「おひめさま展」の翌日は「敬老の日」だったわけだが、なんとも世知辛いデータが総務省統計局から公表されていた。日本における65歳を超える高齢者は3619万人、総人口の中で29.4%の割合で、統計をとっている他の国と比較して最高値である。長寿はめでたい。しかし、65歳以上の就業者の人員が21年連続で上昇していると聴くと不安で背筋が凍ってしまう。
「この現実」において、余裕があるスペースは、減少する一方だ。効率化をはたじるしにした資源の一局集中、コストは徹底的に省いていき、得られるものをひたすらに追及する。はたして「夢の世界」は語りうるか。
その身をドレスで着飾った、異なるおひめさまの全体像の絵画が四点、それが北浦朋恵による展示作だった。ドレスの複雑な模様、やさしい色彩、はんなりした印象のおひめさまは懐かしみを覚える姿だった。薬指ささく「火種」は大スケールなおひめさまだった。抽象的に描かれた草木、うすぎぬの女性が枝先に抱かれて寝そべっている。まるで神話の一幕のように見えた。ステートメントを読み損ねたことが悔やまれる。馴染み深い風景を見せくれた作品は、エース明によるものだった。ゼロ年代の少女マンガを彷彿するキャラクターとその時代を彩った日常用品、まだ自分が若かった頃を思い出すが、差し込まれる淡い色が今っぽいと思った。
「おひめさま」のことについて考えてみる。そのために「女王様」と比較してみようと思った。「おひめさま」は偉いに違いないが、流石に「女王様」には負ける気がする。差異を感じる理由は強度によるものだろうか。あくどいミームで恐縮だが「オタサーの姫」というものがある。特定の集団の中で男性に取り巻かれる女性を指す。やりたいことが出来ないから、男性多数の場所の中に所属する。そうしたら外の人物から勝手に「オタサーの姫」とみなされてしまう。時に言葉は暴力的に意味を当てはめる。少なくとも「オタサーの姫」は、ただチヤホヤされるばかりの存在ではない。だから、きっと「おひめさま」も偉いだけではないのだろう。じゃあ、どういうことだろう?
AYAKOONOの作品はどれも浮遊感を味わえるものだった。円型のキャンバスに描かれた青と白、もしかして虚空ってこういうものでは、そう思わせる空間に何気なく溶け込んでいる少女、フラグメントの組み合わせも面白かった。ギャラリーの奥の壁を埋め尽くさんばかりだった、かのうあすかの展示は存在感が圧倒的だった。絵画だけじゃなくて立体物もあった。厚みがある塗り、重みすら感じる構成、やはり「かわらない顔」が印象的だった。現場で観た役得だが、珠かな子による写真展示は、光陰のコントラストを面白いと思った。さびれた日常そのものといった背景を、おひめさまになった被写体が、作品を浮世から逃れさせる夢想へとかえていた。手を伸ばしただけで、フッと消えてしまいそうな、なまめかしさだった。実は大槻香奈「接吻」にも同様の印象を抱いていた。おびただしい情報量、それにもかかわらず、とても軽やかに見える。構図によるものか。隔たった両手のあいだを見つめるおひめさまと、その存在を守るべく、おひめさまを背後から抱き込み口づけるメイドちゃん、舞い踊っている黄色いちょうちょの群れ……物語が立ち現れてきそうな一枚だった。
「偉い」というだけではない、一体「おひめさま」とはどういうことなのか。
その点を思考をすべく、「おひめさま展」が生まれた、最初の問いに立ち返ってみる。
“いま、未来の見え辛くなった世界に生きる私達にとって必要なものは何なのか?それは「この現実」と向き合うだけでは圧倒的に足りない、「夢の世界」について語ることではないのか?”
「おひめさま」は物語で頻繁に登場するが、その存在が現実の上でも用いられる言葉である。それは「この現実」だけを生きる人達にとって体感的には絵空事に過ぎないということだろう。しかし、(あえてこの言葉を使うが)絵空事すなわちアートは「この現実」と「夢の世界」を結びつける可能性を持っている。
この「おひめさま展」は「おひめさま」という存在を十二分に深掘りさせてくれた。そして「おひめさま」を深掘りすることは、結局のところ「夢の世界」について語ることそのものだった。
きっと、ウカウカすると消えてしまう程に、軽やかな過ぎない存在なのだろう。
けれど、世知辛い「この現実」に「おひめさま」は「夢の世界」をもたらした。
凄いじゃないか!
美術作家 大槻香奈 作品展「遠い夢を泳ぐ」の感想
去る8月11日、2025年の山の日、ギャラリーで絵画の作品展を観た。というわけで、ちょっと間が空いたが、感想文を書いてみた。
「遠いゆめを泳ぐ」
美術作家の大槻香奈による個展だった。全ての展示物が新作だった。大槻は「少女」をテーマにした絵画を中心に制作を行い、幅広い分野で活動を行う作家である。大槻の存在を知ったきっかけは動画プラットフォーム「シラス」のチャンネルであり、東浩紀による小説「クリュセの魚」のカバーイラストに見覚えがあったような気がした。
当日は行ったり来たりする通り雨にやきもきする天候だった。ギャラリーは東京神田神保町、自宅からおよそ数十キロという距離、ちなみにわたしはアートに親しみ深い人間ではなくて、よく考えてみたら美術作家の個展を観る経験それ自体が初めてだった。そんな奴が一体どうして作品展を観る気になったかといえば、たまたまXで見かけた「遠いゆめを泳ぐ」に関するポストに惹かれたからだった。要するに、ノリだけで現地に行ったということで、差し支えないだろう。
申し訳ないが、動画のほうも概要をチェックする程度のていたらくだったので、後から情報を集めて、こういうところを注目すれば良かったのか、と学習した。油彩と線画でこうも違うんだなぁ。
ギャラリーに着いて、作品がわざとらしくない感じで展示されたスペースを、不審な挙動でウロついていたら、磁石ではりつけられたように足が長く留まった。
「みんなはらのなか」
鮮やかながら決して重たくない色彩、おびただしい情報量、骨が浮き出た魚、ざっくりしたレタリング、良くわからないけれど、なんかわかった、というやつだったと思う。
90年代に活躍したバンド「JUDY AND MARY」に「ランチ イン サバンナ」という楽曲があって、帰り道、ムワッっとする地下鉄のホームで、わたしはそれを思い返した。
作品展を観に行った動機、それはXでポストを見たからだったわけだが、わたしはそこに「JUDY AND MARY」の存在を勝手に見出してしまっていた。
「JUDY AND MARY」というバンドのネーミングは、快活でポジティヴな女のコ“ジュディ”とすこしひねくれ者のネガティヴな女のコ“マリー”という女の子の二面性を表している。(https://ja.wikipedia.org/wiki/JUDY_AND_MARY)
走る雲の影を飛び越えるわ/夏のにおい追いかけて/あぁ、夢はいつまでも覚めない/歌う風のように
見上げるほど高い向日葵はみんなの匂いがした
(ドキドキ)
夢が見た?/魚に夢で会った
(ラッキープール)
さよならは言わないでね/願いはひとつだけ/夏を待ってる
(ひとつだけ)
「JUDY AND MARY」のシングル曲からフレーズを引用してみた。少女が夏に恋をする。そんなモチーフの背景には日本の歌謡曲がうっすらとそびえている。
念のために断っておくが、作品展「遠いゆめを泳ぐ」とバンド「JUDY AND MARY」のあいだに関係性はない。「JUDY AND MARY」がどうの、歌謡曲がどうの、それらもわたしが勝手に思い込んだだけの話である。
さて少し歴史を遡ろう。1970年代にオーディション番組の「スター誕生」からデビューしたアイドル「山口百恵」は最初のシングル曲「としごろ」のセールスがスタッフの期待よりもふるわなかった。方針をかえた2枚目のシングル「青い果実」は、聴く者に性を意識させる歌詞を、十代だった山口に歌わせるという内容だった。いわば「青い性」というイメージ戦力、わたしは専門家ではないから詳細はわからないが、同時代の他のアイドルの印象と一線を画し、後にリリースした「ひと夏の経験」ではPTAから抗議が殺到したというが、良くも悪くも山口百恵の存在はそれで注目を集めた。
1980年3月、山口は俳優の三浦友和との婚約と同時に、半年後に定めた引退を公表する。山口と三浦は複数の映像作品で共演しているが、三島由紀夫の小説「潮騒」を原作にした1975年の映画のワンシーンは、NHKによる2013年の連続テレビ小説「あまちゃん」のなかで歴然とパロディされていた。
若者は彼をとりまくこの豊饒な自然と、彼自身との無上の調和を感じた。(中略)新治は日々の生活に、別に音楽を必要としなかったが、自然がそのまま音楽を充たしていたからに違いない。
(潮騒)
小説「潮騒」第6章からの引用である。音楽に関する記述が長くなり過ぎた。「遠いゆめを泳ぐ」の方面へと路線を修正しよう。
「少女」
仮に不可逆性の象徴が「少女」である、といってみる。少女が大人になる。人間における自然のプロセス、成長を経て属性がかわる。成長の条件はそれぞれだが、大人とみなされた人間が少女ではないとするならば、大人と少女は同じ身体に共存しない存在だから「大人」と「少女」という属性は矛盾した関係である。
夏に恋をして、ちょっとしたことでクヨクヨしつつも、ポジティブに生きている。
あるいは
扇情的に世間を挑発して、用意された虚構に戸惑いつつも、したたかに演じている。
「少女」は子供のまま止まりならぬ、大人になったら戻れないと知っている。
どちらかの属性ではおさまりきらない存在だから「少女」は不可逆的たりえないか。
わたしは「少女」だったことが無いので、本当のところは良くわからない
ギャラリーの奥の壁に飾ってあった絵画「少女」を観て、その表情が気になった。
大人になることが嫌なのか、子供であることが不満なのか、とにかく何かに怒っているのか、いやいや、そういう言葉でくくられることすら拒絶しているようにも見える。
「少女」はコンプリケイション、沈黙しながらも何かをものがたっている。
他人の顔をマジマジと眺めて、その意味を考えるなんて、そうそうに有り得ない。これはあくまで絵画「少女」を媒介にした妄想である。
「夏とか、恋とか、惹かれるぅ」
「そだねー!」
「一体これって何なのか、知りたーい!」
「何を言っているのか、良くわかんなーい!」
疑問があることはわかるが、口の中に手をに突っ込むことに、ためらいがあった。
とても小さなことだったけれど、解答に近づいたと思う。
きっかけは「遠いゆめを泳ぐ」に行ったからだから、感謝したい。
コレは珍しい体験である。そう思ったので書いてみた。
アートを観ることに成熟なんてあるか知らんけれど、作品を前にして流れる時間が得難いと思っていたら、こんな展覧会がある。
おひめさま展始まります👸🎀✨素晴らしき作家メンバーによる現代のおひめさまを見つけに来てください🫶#おひめさま展2025
— 大槻香奈*画集「ゆめの傷口」発売! (@KanaOhtsuki) 2025年9月7日
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9月9日- 14日 ‖ 11時-19時
※最終日 〜17時。月曜休。
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Ayako Ono / エース明 / 大槻香奈 / かのうあすか/北浦朋恵 / 薬指ささく / 珠かな子https://t.co/2PPNYYMOQy pic.twitter.com/3QkTzvlAhg
うーん、凄い制作ペースだ!。
会期、あと、2日だ!!